性格診断が「当たっている気がするのに、腑に落ちない」とき

人が映り込む湖面の画像

当たっているのに、わかった気がしない

性格診断の結果を見て、「たしかに、こういう一面はあると思う」そう感じることは多い。

でも、その結果を見ても、自分のことが前よりわかった感じがしない。

腑に落ちた、というよりは、「そう言われれば、そうかもしれない」そのくらいの距離感。

これは、私自身が長年、診断結果から自己理解を深めようとして、何度も立ち止まってきたときの感覚でもあります。

直感で答える、という前提のズレ

多くの診断テストには、
「深く考えず、直感で答えてください」と書かれています。

けれど私は、質問を読みながら、
「どの状況の自分を想定して答えよう?」
と、毎回考えていました。

仕事中の自分なのか。
リラックスしているときの自分なのか。
頑張っているときの自分なのか。
それとも、疲れ切っているときの自分なのか。

すでにこの時点で、「直感で答える」という前提からは、少し離れているのかもしれません。

状況によって変わる反応と、スイッチのオンオフ

人の反応は、状況によって大きく変わります。

気持ちに余裕があるときと、締切や評価を意識しているとき。

安心しているときと、「ちゃんとしなきゃ」と力が入っているとき。

私の場合、仕事では「営業が得意そう」「緊張しなさそう」と言われることがあります。

でもそれは、私にとってはスイッチが入っている状態です。

プライベートでは、積極的に話しかけるというより、気を許した人とだけに閉じている感覚に近い。

もっといつでも気さくに話しかけられる自分でいられたら、と思うこともありますが(笑)、私の場合、人との接触は、扉を開けたり閉めたりしながら調整しています。

常に扉の外に出ているわけではなく、必要なときにオンにする。

けれど以前は、この二つの自分をどう受け止めればいいのかがわからず、「人見知りな自分と、臆せず前に出ていく自分、どちらが本当なんだろう」と考えていました。

そして、こうしたスイッチのオンオフに関わる質問は、診断テストの中でも、とても迷いやすい問いになります。

前提が変われば、選ぶ答えが変わるのは、ごく自然なことです。

診断結果は「一場面」を切り取ったもの

たとえば、普段はポジティブに物事を捉える人でも、状況によってはネガティブ思考に引っ張られることがあります。

その違いが、どこから生まれているのか。

そこに目を向けないまま、結果だけを切り取ってみると、「私はポジティブなのか、ネガティブなのか」わからなくなってしまいます。

ここで大切なのは、結果そのものを見ることではなく、どんな心理状態で回答したのか、どんな状況を想定して答えたのかを含めて、一連の文脈として捉えることです。

診断結果は、その人の「ある一場面の反応」を切り取ったものにすぎません。

頑張っている自分と無理をしていない自分

そしてもう一つ、診断結果がしっくりこない理由があります。

それは、
努力して身につけてきた反応と、
無理をしなくても自然に出る反応が、
同じように並んでしまうこと。

状況に合わせて調整できるようになった自分も、診断の中では「その人らしさ」として表現されます。それ自体は、間違いではありません。

けれど、自己理解を深めようとするとき、多くの人が知りたいのは、「頑張っている自分」だけでなく、「無理をしていない自分」ではないでしょうか。

無理をしていない自分は、必ずしも「感じがいい自分」ではないかもしれません。だからこそ、見たくないし、診断結果に混ざると、違和感が生まれる。でも、それも一つの側面として見ると、地に足のついた自分の実像が見えてきます。

違和感は、前提が言葉になっていないだけ

「当たっている気がするのに、納得できない」

その違和感は、あなたがブレているからでも、診断が役に立たないからでもありません。

ただ、どんな場面の自分を想定して答えたのか。その前提が、言葉にされていないだけ。

結果そのものではなく、どんな自分を想定して答えたのかという前提も含めて、自己理解の材料にする。そうすると、診断テストを「当てるもの」ではなく、味わうものとして使えるのではないでしょうか。

こうして前提ごと自分の反応を見ていくと、その奥に、繰り返し引っ張られている方向性が見えてくることがあります。私はその方向性を気質という視点でとらえています。

自己理解を気質という視点から考える